村落共同体からみた災害の社会学
 
 大分県立芸術文化短期大学 吉良伸一
 
1.はじめに
 私は過疎化や高齢化の問題について、社会調査を行ってきました。主として鹿児島県や大分県・山口県の西日本を中心に、「いえ」規範が強く長子との同居が多い東北や北陸と異なる西日本の過疎・高齢化について研究してきました。どちらかというと過疎化や高齢化が進んでいる地域の社会調査を中心に研究を行ってきました。このたび、「災害の社会学」ということで、コメントを行えということで依頼されましたが、適切なコメントができるかどうか心配です。ただ、私の研究から感じるところをお伝えしたいと思います。
 
2.災害と村落共同体
 私は研究の性格から、山間や離島の生産条件や生活条件の恵まれない集落にいくことが度々あります。地域の歴史はまさに自然条件との戦いであったといってもよいと思います。むろん産業や交通の変化でかって栄えていた地域が急速に過疎化・高齢化していくことも少なくありませんから、すべての地域が恵まれない条件にあったわけではありません。しかし、地域の歴史をみますと、かならず大きな災害の記述が現れてきます。村落共同体は成立や歴史そのものが、災害との戦いであったということができましょう。村落共同体の存在理由の一つは、災害と共同で立ち向かうことにあったということができます。鹿児島県桜島の大正大噴火に際して、全集落が埋没するという事態におよびながら、一人の死者も出さなかったという事例はよく知られています。昔はよかった式の礼賛は危険ですが、自然条件が厳しいほど共同体が必要であったし、共同なくしては生産と生活が成立しなかったといえましょう
 わが国の村落社会は「過小農社会」と呼ばれることがあります。個々の農家の経営基盤が零細(過小農)で、生産と生活の全面にわたる協同が必要でした。個々の農家に対して厳しい共同体的規制が行われましたが、共同体から離れて農家の経営や生活は事実上不可能でした。
 戦後の農業の近代化政策のなかで、個別農家の経営拡大と米以外の作物の選択的拡大が進められます。戦後農業政策の問題点の一つはわが国の農業のもっていた共同性を、「遅れた」ときには「封建的」として、無視や軽視したところにありました。戦後農村の民主化もあり、村落社会の共同性は軽視される結果となりました。
 1970年代の後半から「地域農政」「集落農政」といった地域社会の共同性の見直しが行われますが、農村社会の解体はすでに相当に進行してしまいました。1960年から1975年の間に「過疎化」は取り返しがつかないほどに進行してしまいました。
 地域社会の防災機能は村落共同体では当然のように重要な位置を占めていました。阪神淡路大震災においても、救助活動など地域社会のあり方が重要な役割を果たしたところは記憶に新しいところです。
 
3.わが国の都市と農村
 わが国の村落は「むら」と呼ばれます。「いえ」が群れているところ、すなわち「集村」がわが国の村落の特徴です。城壁で囲まれた欧米の都市は農村と異なる社会構造をもち、都市と農村とは対立するものとして考えることができました。わが国の都市と農村は質的に異なるものというよりは集中の程度の差にしかすぎないものであったということができるかもしれません。
 都市の地域社会構造は農村とさほど異なるものではありませんでした。大都市においても「強制加入」の「町内会」や「自治会」が存在しますが、これは農村の自治組織とさほど変わるものとはいえません。町内の一斉清掃や溝掃除は、農村の「溝さらい」や「道普請」と変わらないものです。
 農山村や都市の地域組織は、歴史的に徴税や防犯そして相互監視に利用されてきました。戦前から戦中にかけて戦争の協力組織として利用されてきました。そのため、戦後は「非民主的」として批判にさらされてきました。「行政の末端組織」として、なくては困るが、今日もなおあまり高い評価が与えられているとはいえません。
 たしかに行政の末端として政治的・政策的に利用されてきましたが、もう一面として地域の自治組織であったことも事実です。防災をはじめ地域の共通の課題に対して協同して対応してきたことも事実です。もちろん身分的支配や利権誘導的な政治の温床であったことも事実です。しかし現実問題として防災や行政上の課題に対する「受け皿」がほかにないのも事実でしょう。都市にみられがちな、行政依存体質が地域社会に対する無関心をもたらし、地域社会の自治意識を希薄化させていきました。われわれの生活は狭い近隣の枠を超えて拡大し、様々なレベルでの地域組織が必要でしょうが、現実問題として自治会や町内会レベルの地域組織は依然として重要であるといえましょう。もし現実の町内会や自治会に問題があるとすれば、それを無視することではなく、それを改革することが必要ではないでしょうか。
 
4.コミュニティー論をめぐって
 1970年代後半から社会学では「コミュニティー論」がさかんに議論されてきました。残念ながら充分に納得できる「コミュニティー」理論をもたらしたとはいえません。今日な議論の決着が付いていないというべきでしょうか。この「コミュニティー論」の議論のなかで注目すべきは地域性の概念だとおもいます。コミュニティー概念に地域性は必要だろうかという議論です。たとえば科学者の世界のように共有価値に基づく地域性なきコミュニティーもありえます。コミュニティーに地域性がどうして必要かという問題です。今日のようにボーダレス化・グローバル化する時代においてはなおさらでしょう。もし、現代社会において、地域に縛られたコミュニティーが必要かと言い換えても良いでしょう。この議論のなかに、われわれの生物的・身体的実在性を協調する議論がありました。私たちが現実の人間存在としてある限りにおいては、地域社会という空間を無視するわけにはいかないという議論です。「防災の社会学」ということでこの議論を思い出しました。私たちの安全や健康そのものに関わるものがコミュニティーではないでしょうか。だとすれば、防災の社会学そのものは地域社会やコミュニティーの本質と深く関わった問題ではないでしょうか。
 今日、大量生産−大量消費−大量廃棄という社会や経済のあり方、そして私たちの生活のあり方そのものが問われています。東京や大阪・そして福岡といった今日を代表する都市は中枢管理都市といわれます。工業都市などこれまでの都市と違って、成長の限界を持たない都市といえましょう。膨大なエネルギーと情報を消費して、限りなく巨大化することが可能です。オフィス需要をきっかけに東京一極集中が土地バブルを引き起こしました。極端な人口集中は飲料水の不足すら引き起こしています。今日の都市環境は脆弱性・危険性をますます増大させています。おそらく、今日のコミュニティー論は私たちの生活のあり方そのものの議論を含む「環境コミュニティー論」である必要がありましょう。また、それは「内なる自然」である健康や身体の問題を含む議論である必要があるでしょう。
 ヴァーチャル・リアリティーという言葉がありましたが、情報化が進展するなかで私たちのリアリティーはどこに存在するのでしょうか。リアリティーの希薄化のなかで身体性そのもののなかにリアリティーの根拠を求める立場があります。現実の人間的ふれあいの中にしか人間的自然(human nature )は育まれないとしたら、教育や福祉など地域社会に根ざしたコミュニティーはなお必要でしょう。
 
5.ふたたび村落社会へ
 今日、グローバル化は、ネット・エコ・バイオの3領域で進行しつつあります。情報・環境・食料の領域です。欧米ではグローバル化に反対する農民運動が台頭しつつあります。
 ネットのグローバル化は、地方での情報収集や情報発信を可能にする一方で、リアリティーの希薄化や文化的アイデンティティーの喪失をもたらします。また、ネットのグローバル化を基盤に経済活動のグローバル化が進行しました。
 人間の経済活動が地球規模での環境破壊を引き起こしています。今日の農山村振興に環境保全が次第に大きく取り上げられています。わが国の食卓は国内農地の2.5倍を上回る海外の農地によって支えられています。また、わが国は国内の山林を荒廃させながらも世界で輸出されている木材の4分の1以上を輸入させています。経済活動のグローバル化の中でバイオのグローバル化はきわめて重要な問題だと思います。
 過疎化が進めば環境保全が進むと考える人々がいます。しかし、わが国の自然とは人の手によって支えられた自然です。それを保持する人々がいなくなれば、次にくるものは荒廃です。東京人にはふるさとがないといいます。ふるさととは私たち日本人には自然でした。この荒廃は自然と共に生きてきた私たち日本人の心のふるさとの喪失をもたらすでしょう。
 戦後の植林政策・木材の自由化・エネルギー革命の中で、わが国の山林は荒廃しつつあります。人手不足やコストから間伐が進まず、山林は荒廃を続けています。風倒木の問題や土壌流出・ダムの寿命の低下など、森林環境の悪化は土砂災害などの原因となっています。中・下流部の団地開発や山林の伐採、都市部河川の暗渠化など、中小河川の危険性の増大をもたらしつつあることは。専門のみなさんの方がお詳しいと思います。
 今日の農山村は、過疎化・高齢化によって、その生活水準の維持が困難になりつつあります。過疎地域の人口の中で最も多い人口は65〜74歳の人口です。これまで過疎化がいわれ地域社会の崩壊がいわれてきましたが、何とか地域社会が維持できたのは現在の65〜74歳の人口が過疎地域に残ったからです。この年齢層がリタイアしていくにつれ、地域の経済活動を支えることは次第に困難になっていくと思われます。また、地域消防団活動など地域の防災活動の維持もまた困難になっています。おそらくこれまでと異なる深刻な地域社会の崩壊がおきてくるのではないでしょうか。
 荒廃する農山村と限界まで巨大化する都市との間で、災害に対する脆弱性は増大しつつあるといわざるを得ません。防災には国土保全計画といったマクロな地域政策と近隣レベルでのコミュニティー政策が必要でしょう。これを環境・少子高齢化・悪化する財政という3つの大きな制約でやっていく必要があります。あと数年でわが国の人口は減少をはじめます。日本総過疎時代の突入です。こうした中でこれまでのような公共事業に依存した地域のあり方は次第に困難になっていくでしょう。
 このように考えると、厳しく暗い21世紀のイメージが浮かび上がって参りますが、おそらくもっと大きな社会的変化が起きるのではないでしょうか。少子高齢化・人口減少に伴う労働力不足は、高齢者や女性の労働力を必要とするようになります。経済のソフト化はこれを促進します。高齢者と若者・女性と男性といった区別をいっておれなくなっています。高齢者や女性の活用抜きには社会や経済がやっていけなくなりつつあります。より平等・対等の関係が築かれていく可能性があります。これに加えて、農山村と都市との交流や連携が必要となりつつあります。防災や環境・水をはじめとする資源などの点でより重要性が増大すると思われます。すでにこのような変化は生じつつあります。私たちはおそらくより自覚的に政策的にこのような変化を促進する必要があるように思います。 
 災害の社会学を構築していくとするには、第一に私たちの生活のあり方そのものを問い直す環境コミュニティー論が必要だと思われます。第二に、都市と農村の共同性のあり方を踏まえた議論が必要です。第3に、マクロな地域政策と近隣などの合意形成などのミクロな視野の両方が必要と思われます。